〈税務のプロからいくつかの提案がありました〉 上記1の後継者の案については、A社長には子が無く、甥や姪、兄 弟はサラリーマンで会社経営には興味が無いとのことでした。また、 従業員も、借入の個人保証などを要求される社長職は尻込みしている そうです。 上記2の仕事を辞めて不動産収入で暮らす案については、今の工場 の建屋では買い手を見つけるのが困難ということでした。工場を更地 にする場合は高額の撤去費用が見込まれます。②の更地にマンション を建設する方法は大きな借金を抱え込む上に、立地も住宅に好適とは いえず、投資失敗のリスクが大き過ぎました。何よりも A 社長にとっ て廃業は辛い選択でした。 そこで 上記3 の、会社を買ってくれて、しかも社員も自分も働き続 けさせてくれる事業家が出てきてくれればベストと判断し、税務のプ ロにお願いしました。 〈A社長の決断〉 会社の売却の道を選ぶ 1.仕事を続ける際は後継者をどうするか ① 身内から後継者を探す ② 後継者として従業員を抜擢する 2. やむなく仕事を辞めるとした場合 ① 工場のままで土地建物を売却しその資金で生活する ② 工場を壊してマンションを建て賃貸で生活する 3.経営できる人に会社を買ってもらい、従業員も自分も雇ってもらう 税務のプロが紹介してきたM&Aの専門会社は、事業拡大に意欲的な同 業の社長さんを探し出してくれました。その社長さんは「今の従業員を雇 い続け、A社長には働けるうちは顧問として現場を見てもらいたい」と言 います。 提案された会社の買収価格も納得のいく額でした。ただしA社長が自社 に運転資金で貸し付けたお金の放棄が条件です。A社長は受け入れました。 以下のケースで試算してみましょう。会社の株式売却額が 5 億円、A社 長の出資額は 2000 万円で、別に自社への貸付金 3000 万円と設定 1.会社の売却額の一部はA社長の退職金としてもらった方が税務上有利 2.自社への貸付金は放棄せず、同額だけ売却額を下げる方式。売却後に同 額を返済してもらい「事実上の放棄」と同じ結果にするのが税務上有利 〈対策後〉 A社長への退職金は税金の出ない上限の 2900万円(勤続 50 年 とする)。売却額は 5 億円 - 2900 万円 - 3000 万円 = 4 億 4100 万円 対策前会社売却時の税 =(5億円 - 2000万円)× 20.315% = 約9751万円 退職金2900万円 - 退職所得控除(40万円 × 20年 + 70万円 × 30年)= 0 この計算により退職金は課税されません。さらに自社の株式売却時の税額 =( 4億4100万円 - 2000万円 )× 20.315% = 約8552万円 対策前と後の税の差額 = 9751万円 - 8552万円 = 1199万円 (→ 節税額) 〈M&Aでの2つの税務対策〉 退職金や貸付金の放棄方法を工夫 〈会社を買い取ってくれる相手探し〉 M&Aの専門企業に依頼 会社売却資金もまた相続税の対象に 会社を売ったりして得たお金の使い方をA夫妻は考えました。 人とも亡くなれば子がいないため、それぞれの兄弟間の遺産争い にもなりかねません。 気持ち良く使い切り、残るようなら慈善団体 に遺贈することを思案中です。 税務のプロが語る 「知っ得話」 注 )兄弟姉妹に遺留分なし。 国等や公益目的法人への遺贈は無税です。 注)退職所得控除は勤続 20 年まで年 40 万円、21 年目から年 70 万円 注)中小企業専門のM&A仲介会社には日本M&Aセンター等がある。 第2章 〈ケース〉 東京・蒲田に300坪の土地を確保し、そこで自動車部品工 場を経営する A 社長の悩みは、後継者がいないことです。自分個人 が全額出資している会社が土地と工場を所有しており、A社長にとっ ては会社が人生のすべてともいえます。元気なうちは仕事を続けた いが、それにはどうしたらよいか。もし工場をたたむとしたら、どう やって生計を立てていくのか…。そこで税務のプロに相談しました。 後継者のいない町工場でM&A 下町工場編(蒲田の事例) 6 2