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サ ロ ン

          ブーニンの世界

                          税経管理第5部 加瀬 裕美

 私の大好きなピアニストに、スタニスラフ・ブーニンという人がいます。彼は、
1985年のショパンコンクールにおいて、19歳という若さで優勝しました。初来日での
大フィーバーは、「ブーニン現象」とまでいわれ、マスコミを大きくにぎわしました。
もう15年も前のことになるのですが、ショパンコンクール優勝の映像を見たときの
ことを、今でも忘れられません。今まで聞いたことのないみずみずしい音色とスケー
ルの大きいダイナミックな演奏に、強烈に引きこまれていったことを覚えています。
 あの鮮烈なデビューから15年が経過し、もともとモスクワ生まれだった彼は、祖
国を捨ててドイツへ亡命しました。人気があるがゆえのプレッシャー、世間との葛藤、
亡命にまつわる問題など、さまざまな試練を乗り越えてきた彼の演奏は、深みを増し
て表情が豊かになり、ますますドラマティックになっていきました。彼の高い音楽性
は、ピアノの詩人といわれたショパンとどこか同じような豊かな感性を感じます。彼
は、ショパン音楽の美に近づくために、「ショパンが生きたように生きてみたい。」と
言っています。ショパンの人生がどれほど苦悩に満ちたものだったのか、その音楽性
を理解するために「演奏を通して自分の人生を、ショパンが体験したことを学ぶため
に費やせたら…」と言っています。それほどまでにショパンを愛している真の芸術家
が奏でるショパンの世界だからこそ、美しく魅力的でならないのです。
 私は毎年来日する彼のコンサートを楽しみにしているのですが、生で聴く彼の演奏
は、たいへんすばらしく、強く引きつけられる何かと、心の奥深い琴線にまで響いて
くるものがあります。全身でピアノを愛しそうに弾く演奏は、優雅で繊細で、感傷的
なショパンの旋律をロマンティックに歌っています。先日のコンサートでのことです
が、花束をわたすときに、「すばらしかったです」と思わず日本語で言ってしまった
のですが、握手をしながら彼は、片言の日本語で「ありがと」と言ってくれました。
めがねの奥のやさしい目や、私よりも細い繊細な指と暖かい手は、非常に印象的でし
た。
 ピアノのむずかしさと葛藤している私には、ブーニンの奏でる叙情的でロマンティ
ックな音色に、現実とかけ離れた幻想的な夢の世界を感じます。




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