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経  営


     スイス企業視察 小国スイスが世界トップ企業を輩出
     その理由は何か 中小企業経営に役立つヒント


                                所長 木村哲三



 中小企業経営に役立つヒントはないかと、昨年2012年10月15日から1週間、17

のスイス企業及び組織を視察しました。向研会主催の視察旅行です。この中から皆さま

の経営の参考になる会社を取り上げてご紹介します。


 世界トップクラスの企業を輩出

 スイス企業は、食品メーカー世界トップのネスレをはじめ、時計メーカーでは、スウ

ォッチグループ、リシュモングループ、ロレックスが売上高で世界1位から3位までを

占めています。セイコー、シチズン、カシオの3社の売上を合わせても、3位のロレッ

クスに届きません。

 医薬品のロシュやノバルティス、金融ではクレディ・スイスやUBS、再保険(保険

会社の保険)のスイス・リー、電力設備のABB、セメント業ではホルシム、人材紹介

のアデコグループなど多岐にわたる分野にトップレベルの企業を輩出しています。


 スイス企業のバックボーン

 スイス企業の強さの背景として、国民の民度の高さ、政府の経済政策と教育システム

が挙げられます。


 直接民主制が衆愚政治に陥らずに、よく機能していることで民度の高さがわかります。

議論を通じて、本質をつかみ、コンセンサスを得て決定していく。EU参加の是非は3

度も決議されましたが、3度とも否決されました。スイスの方に言わせると、EUにつ

いてはスイス人が一番詳しいとのこと。現在のEUの行き詰まりを見ると、彼らの判断

の正しさがわかります。


 スイスの中小企業庁のトップのお話を聞きました。過剰な保護政策を取らずに、時代

に合わない産業は消えていくままにしておく政府の態度も、自助努力を強め産業転換に

プラスなようです。レイオフしやすい制度ですが、失業率は低く抑えられています。新

しい企業の勃興と、失業者に新しいスキルを身につけさせる政策が効いているようです。

スイスの一人当たりGDPは世界4位83千ドル(2011年)で、日本の1.8倍です。


 世界企業になると、長期にわたる海外勤務が必須になります。その時、子弟の教育に

不安があるとビジネスマンは海外に飛び出せません。ボーディングスクールがその不安

を払拭します。小学校から高校までの子供たちに、国際色豊かな高いレベルの教育を保

証しています。全寮制ですので、親はいなくても大丈夫です。

 私が訪ねたボーディングスクールのル・ロゼ(Le Rosey)は、1880年設立のスイスで

最も古い私立のボーディングスクールで、レマン湖に近い自然環境のよいところにあり

ました。世界で最も高級・高額な教育機関の一つで、欧州や中東の王族や名家の子弟が

数多く通うとのこと。日本からの学生もいて、母国語の学習のために日本人の先生もい

るという万端ぶりです。食事もテーブルマナーを学べるように、白いテーブルクロスの

かかったテーブルで給仕付きです。休暇のスキー旅行などもプログラムに入っています。

カフェで愉快に談笑する国際色豊かな若者たちを見かけました。大学は米国のアイビ

ーリーグやヨーロッパの名門大学に進むとのことでした。


 スイス企業強さの秘密

 人口8百万人、国土面積も九州程度と小さな国で、自国マーケットは小さい。そこで、

隣の大国ドイツやフランスの市場、次いで世界市場を狙って起業せざるを得なかったこ

とが海外展開、ダイバーシティの強みを醸成したようです。諸外国の傭兵として働かざ

るを得なかった厳しい歴史も背景にあります。

 スイス企業を視察して感じたことは、マーケットを見つめ自社の位置と役割をしっか

り認識して、それに基づく的確な戦略をたて、スケジュール通りに実施していく姿でし

た。


 Nestle(ネスレ)の戦略

 訪れたネスレ本社はVeveyという町のレマン湖のほとりの最高のロケーションの所に

ありました。こういったところなら、社員も気持ちよく働けますね。

 ネスレは、2012年売上高9兆円(スイスフラン1フラン100円換算)の世界一の食品

メーカーです。現在の経営トップはベルギー国籍で、13名の役員の国籍が9カ国、社員

の国籍は100か国に及ぶダイバーシティ企業です。流石、世界中で事業展開している会

社です。


 ネスレの基本ポリシーはGood Food, Good Lifeに要約されます。そのためのロード

マップは、競争優位、成長ドライバー、オペレーション(経営管理)の3つで語られま

す(参考サイトhttp://www.nestle.lk/en/aboutus/strategy)。これらが全ての戦略の基本

になります。

 比類無き製品とブランド、卓越した研究開発、世界に広がる販売網、人材・企業文化・

企業価値・顧客対応で競争優位を保ちます。

 本当の競争的優位は、バリューチェーンを通して、ライバル会社が真似できない数十

年掛かってできた優位性の組み合わせにあります。優れた製品と強力な研究開発、世界

展開と企業家スピリット、優れた社員と企業ポリシーの間には、固有の関連があるので

す。確かに、複合した優位性は簡単に真似できません。この辺が一番の強さの秘訣と思

いました。

 成長ドライバーとして、栄養と健康・ウェルネス、新興成長市場、外食用製品、高級化の

4つを挙げています。

 オペレーションの柱は、イノベーションと改革(売り上げの2%を研究開発費に投資)、ど

こでも・いつでも・どのようにも対応する姿勢、お客さんとのコミュニケーション、業務効

率の3つです。


 地域別製品別戦略と人事戦略をネスレの役員からレクチャーを受けました。戦略は、

ロードマップに沿い、ノウハウの蓄積の賜物のテンプレートが使われます。


 地域別製品別戦略の例として、マレーシアでのミロ(Milo/ココア味の粉末麦芽飲料)

の販売戦略を聞きました。

 最初に、ミロという製品の中心となるアイディアを探ります。これは製品別地域別に

共通のテンプレートで実施します。テンプレートの縦軸は5W(WHY I DO IT,WHAT I DO

WHEN AND WHERE,WHO I AM) 、横軸は消費者行動(注意を引くENGAGE、店に来て購入

SHOP、食するCONSUME)です。

 このマトリックスで探ったミロの中心となるアイディアは、「ミロを飲んで成功する

子供たち/よく遊びよく学べ」です。

 次にターゲットの消費像と製品特性、ブランド(役立ちと個性)のマトリックスでマ

ーケティングを組み立てていきます。スタートは、マレーシアのミロの消費者像からで

す。これも先のテンプレートから導きます。元気のよい積極的なアウトドア派の7才か

ら12才の子供と、その子の成功を願うお母さんが消費者としてサーチされました。子

供の自由を奪ってしまうモンスターママではなく、子供の長所を未来に向かって花開か

せる母親像です。製品特性は、チョコ味で、滋養のある飲み物。スポーツへの強力な支

援もブランドイメージを強化します。ブランドは、必要なエネルギーの補給と子供の

日々を生き生きとさせること。日々の成功のひらめきです。これらすべての要件にあっ

たコマーシャルを念入りに作成し、消費者に訴えました。

 マレーシアで、ミロの販売は成功。ミロはマレーシアでは大変ポピュラーな飲料とな

り、チョコレート飲料の9割を占め、ミロの消費量も世界一とのことです。

 以下にユーチューブでアップされているミロのコマーシャルサイトを挙げておきま

す。なかなか上手にアピールしていますね。

Milo Sejuk Malaysia Commercial Ads

http://www.youtube.com/watch?v=Vgkr9FMNAFI

MILO Drink swimming 60.MP4(成功の意味が人間的に変わってきました)

http://www.youtube.com/watch?v=BXgrBwisW3M


 人事戦略はロードマップの競争優位の中の人材に位置づけられます。ネスレの人事は

多国籍にわたるので、世界レベル標準の評価規定でやっています。ただ、英語が話せな

い人はローカルなキャリアのみで、ここでもワールドワイドの活躍には英語は必須です。

人材獲得にはネスレのブランドを使って対応しています。

 教育はIDPプログラムというものがあり、スタートはネスレ本社で、フェイズ1は

24か月、フェイズ2は42か月です。ビジネス経験、連続学習、パフォーマンスと才能

の測定、マネジメントプログラム、上級役員との接触、コーチングの6つから構成され

ています。その後も、生涯にわたり学習する方式です。

 ネスレは社員教育には昔から熱心です。ネスレの教育システムから、今回訪問した国

際的に有名なビジネススクールIMDが創立されています。

 ネスレはたくさんの食品メーカーを世界中で買収しています。買収後の買収された会

社の社員の扱いについて質問が参加者から出ました。買収後、被買収会社の社員はネス

レ本社ですぐにネスレの基本ポリシーの教育が行われるとの答えでした。ポリシーの統

一で合併後の経営もうまくいっているとのことでした。


 食品の製造、販売、マーケティング、人事の優れたシステムが有機的に結びつき一つ

のポリシーで統一的に運営される。それに適うロードマップに沿ってノウハウの詰まっ

たテンプレートを使い製品別、地域別にきっちり実施していく。売上9兆円、営業利益

率15%、毎年5%から10%成長している企業のポイントです。


 とはいえ、ネスレでさえ世界の食品製造販売高の1.7%を占めるにすぎません。食品メ

ーカーの付加価値は多様で、寡占は不可能な業界であることがわかります。中小食品メ

ーカーにも、勝つための様々な方式があるということです。


 SONOBA(ソノバ/補聴器会社)の戦略

 ソノバは補聴器ナンバーワンの会社です。超小型の補聴器リビック($1800/2年)を

開発しました。これはつけたままで水泳もでき、長期間装着したままでもいられます。

利便性もさることながら、補聴器をつけていることを回りに知られたくない顧客にもア

ピールしています。

 「聞こえないが見栄で来ない客にどうやってきてもらうか」、がこの会社の大きなテ

ーマでした。その解を求めてできたのがリビックです。顧客情報収集により、補聴器の

顧客層を綿密に分析し、戦略を練る。そこから、聞こえが良くないのに補聴器をつけて

いない層のマーケットの大きさに気づき、その主たる理由を探って製品開発に結び付け

た例です。やはり、製品戦略の基本はマーケット注視ですね。 

 とはいえ、リビックは耳鼻科での装着になるので敷居はまだ高そうです。


 ブランド戦略:「聴覚に問題が在ればソノバと誰にも認識してもらうこと」のために

年100億円の投資を実施しブランド浸透を図っていました。

 製品開発戦略:R&Dはスイス、製造はホーチミン(世界一安い)、中国蘇州

 製品イノベーション戦略として連続的イノベーション、テクノロジーで小さく 37

ナノメーターまでの製品を開発。

 1つのプラットフォームを利用し、患者の状況に応じてアレンジし対応。 

 製品は200カテゴリを2年に一度変更し、75%の製品は過去2年に投入したものとい

う徹底ぶりです。

 市場戦略:アジアの成長トレンドから、販売はアジア中国にシフトとのことでした。

 マーケティング戦略:4つの成長戦略 @既存のマーケット(聴覚障害者は20%の認

識) ABRICS Bサースネットの統合 C直販の強化

 全社員8500人のうち約半分の4000人が営業という力の入れ方です。


 以下に取り上げる会社は、次の2点をさっと見ていきます。

@ KFS その企業の成功の鍵は何か

A 気づき 木村会計のお客様に、どう役立てることが出来るか

      その他特に印象深かったこと


 ABB

 電力技術とオートメーション技術のリーディングカンパニー。送電・配電・発電所に

関する各種製品・システムや自動化システムに関する製品・サービスを提供。従業員145

千人、売上高380億ドル(2011年)、100カ国で展開。 


@ KFS 電気に関するすべてのことをやっている 発電から送電(利用)まで

      その中でも送電に強み。HDVCという超ハイボルトで電力失わずに

      送電できる技術が強み(日本にないノウハウ)。長距離でも失う電力

      は7%に過ぎない。

      地下・海底に強い。

A 気づき 事業目的を決め、国境を越えた必要なM&A実施。  

      自国が小さいので、最初から世界目指す。   


 Lindt&Sprungli(リンツ)

 プレミアムチョコを全世界で売っている。売上25億スイスフラン

 訪れた本社でいただいた「シャンペントリュフ」は絶品でした。


@ KFS すべてをプレミアム(極上チョコ)に集約

      カカオの実から一貫生産する品質重視

      広告も品質中心。価格は2〜3倍。パッケージは贈答品になるように

A 気づき 良いものは価格が2倍、3倍でも売れる。

      価格が高いから良い製品が作れる(利益があるから)

      顧客を選ぶ

      チョコレート消費は所得に影響される(所得が高くなると売れる)


 Novartis(ノバルティス)

 チバガイギー社とサンド社の合併により1996年設立。革新的な新薬開発、ワクチン、

診断薬、ジェネリックから大衆医薬品まで広く事業展開。売上高480億ドル(2011年)

で世界2位、R&Dに96億ドルを投じ世界首位の投資額を誇る。

 Care and Cure(治療と癒し) が使命とのことでした。

 フランス国境近くなので、フランスからも高い賃金を求めて優秀な人材が国境をまた

いで通勤している。


@ KFS イノベーション、成長戦略、生産性アップの3つを回して、成長持続 

      成長市場は老人、肥満、糖尿病と捉える

      R&D:患者にフォーカスし、研究開発。科学的発見から何に効くか

      を探るのではない。

A 気づき ここでも、ユーザーファーストがポリシー。

      人口動態は未来予測には必須。

      予防、pain(痛み)対策が次のマーケット


 UBS

 富裕層向けウェルス・マネジメント、投資銀行、証券業務、およびアセットマネジメ

ントのいずれにおいても世界有数の地位を占めるグローバルな金融機関。


@ KFS お客への守秘義務

      しかし、米国当局の圧力で難しい段階に。これに乗じてシンガポール躍進

A 気づき 守秘義務という競争軸

      リスクに備え、UBSの地下には金の延べ棒が敷き詰められている


 Pictet(ピクテ)

 1805年設立のスイス最大規模のプライベートバンク。プライベートバンク業務に専念。

8人のマネージングパートナーによって会社を所有するパートナーシップ制。預かり資

産3770億ドル(2012年6月現在)。


@ KFS 信頼 特定の顧客と長期に付き合う(短期の拡大策は取らない)

      規模の経済働かず、面識がポイント

A 気づき 金融知識にたけたサーバント

      パートナーシップは各自が独立して利益を上げる


 Swiss Re(スイス再保険会社)

 損害保険と生命保険のソリューションを提供する唯一のグローバル再保険会社。再保

険とは災害など1つの保険会社で負担するにはリスクが大きすぎる巨額支払いに備え、

保険会社が入る保険。


@ KFS 正しいリスク分析と正しいリスク負担(これがだめでロイズは破綻)

      再保険は科学そのもの。再保険の利益は(リスク)分析力がものを言う。

      知識集約型産業

@ 気づき 分析力 何を何のためにどのように分析し、それを業務に反映させるか


 Holcim(ホルシム)

 セメント業で世界最大手、建設資材も生産。70カ国で生産し、従業員8万人売上200

億スイスフラン。


@ KFS 成長を求めて世界中のセメント需要国へ進出

      消費地の地元企業にM&Aで入り込む。最初は少し、しだいに100%へ

      それぞれの国でローカルにきめ細かく経営

A 気づき 地域産業的なセメント業でもワールドワイドが当然の視点

      地場のセメント業界はファミリービジネスが多い

      セメントプラント金額大、家族経営では継続性に難多し


 Georg Fischer(ジョージ・フィッシャー)

 1802年設立。配管システム、自動車部品、プラスチック加工機、道具・鋳型製造機器

などを手がける。世界50カ国生産拠点、12千人の従業員。


@ KFS 鋳物会社からスタートし、時代の変遷に従い柔軟に材質・工法さらに 

      提供製品を変更し続け今日も繁栄。

      顧客と協力し、製品を開発する。

@ 気づき こんな地味な業種も、世界展開、役員社員はダイバーシティ。


 スイスの時計産業

 日本のクォーツ時計により壊滅的打撃を受けたスイスの時計産業は、宝飾品としての

時計というコンセプトで蘇りました。「高級時計はスイス」というイメージを復活させ、

ブランドの再生で成長しています。

 時計の精度にフォーカスした日本の時計産業は、残念ながら高級腕時計市場では影の

薄い現状です。有効なブランド戦略が必要です。 


 Chopard(ショパール)

 1860年にルイ・ユリア・ショパールがスイスジュラ地方で時計工房をスタート。高い

品質が欧州中に知れ渡る。ドイツのカール・ショフレがショパールを引き継ぐ。家族経

営で、高級時計・ジュエリーのブランドとして高い評価を得ている。

 ショパールの高級時計の製作工程を見学しました。小さなムーブメントや宝石を時計

に組み込む超精密な作業を熟練工が流れるように行っていました。


@ KFS 時計の心臓のムーブメントは自製

      伝統を維持し、新しいことをやる

     “Happy Diamond”がキーコンセプト デザインクリエイト

A 気づき 家族仲よしがファミリー企業繁栄の鉄則(ピアジェは家族不仲で吸収  

      されたとのこと)

      イメージ産業なので宝石は、紛争地や児童労働地からは購入しない

      時計職人(熟練工)の層の厚さ。若者の3分の2は職業訓練学校に進

      み、大学進学はしない。スイスでは、職人の待遇も良い。


 Hublot(ウブロ)

 1980年設立。船の窓のデザインがトレードマーク。新しい会社だが、2004年にCEO

についたジャン・クロード・ビバー氏のマーケティングで高級ブランド確立。売上げは、

ブランドが LVMH に買収された 2008 年までの4年間に2500 万から 200 億スイスフ

ラン以上に増収した。

 社是は“Be Fast, Be Unique, Be Different”

 フェラーリとのコラボレーション、フットボールやバスケットボール、ヨット競技な

どのスポーツでパートナーとなりブランド形成。サッカーのマラドーナのすべての時計

に対する要求を聞いてあげて(右手に現地時間の時計、左手に家族の住むアルゼンチン

時間の時計のプレゼント)、結果として自然にウブロの広告塔に。


@ KFS 巧みなブランド戦略 ブランドはパートナーのフェラーリやスポーツ 

      のスーパースターと創る

      The Art of Fusion. Gold金とラバーの融合など新素材でのニューデ

      ザイン

      スイス立地で時計職人確保

A 気づき 歴史が浅くともブランドは作れる。そのためのマーケティング戦略

      広告はアイディアしだい


 取り上げたスイス企業が皆様の経営のヒントになれば幸いです。



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